南杏子さんが医者になってから小説を書き始めた理由!いのちの停車場はスマホで?

今回は、医師で小説家の南杏子(きょうこ)さんが医師になってから小説を書き始めた理由を紹介いたします。

医師と小説家

南杏子(きょうこ)さんが、医師になってから小説を書き始めた理由は、こちらの南さんの言葉に凝縮されています。

もともとお話を読むのが好きでしたけど、自分で小説を書くなんて考えたこともなかったです。それが2008年に娘が学生寮に入って、すごく暇になったんですね。それで、もともと書く仕事をしていたこともあったので、夫婦で小説教室に行ってみました。

書く立場からすると、小説が一番面白いじゃないですか。小説家になろうと思ったわけではなくて、一番やりたいことをやろうとして小説教室でした。医療小説を書くつもりもなくて、最初は恋愛小説や異次元物、ちょっとシュールな作風とか、書きたいことを自由に書いていました。

やっているうちに、褒めてもらえるというか、面白かったと言ってもらえるのは医療を扱ったテーマだったので、何となくそっちのほうに流れていきました。実は、まだまだいろんなテーマで書きたいという気持ちはあるんです。 *引用元:https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/884029/

 

南さんは、日本女子大学の家政学部被服学科で学ばれた後、就職浪人をして出版・編集社に勤務されます。

その後、南さんの夫の都合でイギリスに転居され、そこで、娘さんを出産されます。

イギリス滞在中に、アロマテラピーを学ばれ、そこで30代・40代の方が大学や専門学校で学ばれているのを目の当たりにし、以前から興味のあった医学の分野を自分も大学に戻って学べるかもしれないと考え始められます。

また、医学部は高いイメージがあったが学生ローンを組めることや、協力的な夫がいることもあり帰国後に大学を学士受験され、合格されます。

南さんが33歳の時に東海大学の医学部に編入学され医師になられます。そして、首席で卒業され、38歳で医師になられました。

新しいことを学ぶのが、とても楽しかった!そうですよ。

ただ、骨や血管の名前を覚える間に、クレジットカードの暗証番号を忘れてしまうなどのあったそうです。

そして、南さんが医師でありながら小説家になられたのは、自身の娘さんの子育てがひと段落して時間ができたことにより、いろんな世界を知りたいと思い陶芸やコーラスなどを習い始め、また小説教室にも行き始めたのがきっかけだそうです。

小説教室は、南さんの夫のアイデアだったそう夫婦で通われたそうです。

当時、南さんは48歳頃だったようです。

その頃は、自身の楽しみだけのため書いていたのが、小説教室の先生にもっとシリアスなものを書いてみたらと勧められ、自身が医師であることも相まり、医療の物語を書いてみようと書かれたそうです。

実はいくつかの小説教室に通っていました。一つの教室でめちゃめちゃ褒められるということはなくて、別な先生だったらもっと褒めてくれるかなと思って、別な教室にも行ったりしました。影響を受けたのは、芥川賞作家を3人出した根本昌夫先生の教室です。書いた小説を見てもらうと、「最後の1行をこう変える」「この部分から始めれば」とか、ほんとに一言、言われるだけで、オセロの黒だったのが全部白になるような、すごいアドバイスをもらえました。 *引用元:https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/884029/

 

そして、南杏子さんは55歳で作家としてデビューされました。

初めて出版された作品「サイレント・ブレス」では、編集者さんのリクエストに次々と 応えて書かれたそうです。もともとはミステリーではなかったそうなんですが、編集者とやりとりしているうちにミステリーになったそうです!

出版が決まってから、編集作業に2年間を要し、大変な作業だったと話されています。南さんは「自分の小説を読んでくださるなんて、大変ありがたい」と、テレビのインタビューで謙虚に話されています。

もちろん、執筆期間中も医師として病院で勤められて、現役の医師でもあられます。

南さんの執筆スタイル

なんと、南さんは通勤時間にスマホに記しておき、週末にまとめて執筆されるそうです。

医師として十分多忙な南さんだけに、時間を有効に活用されていますね。

ちなみに、南さんの自宅から勤務病院の青梅慶友病院までの通勤時間は約1時間だそうです。

南さんは、何事も「やり続ければ、必ずできます」と、話されています。なんでもやり続けて結果を出されてきた南杏子さんの言葉だけに説得力がありますね。

南さんにとって医師であることと小説家であることは南さんの人生の良いバランスを保たれているそうです。

医師として悩んだこと、これで良かったのかと迷ったことなどを引きずって自宅に帰り、そして自分なりの答えや心が軽くなる言葉に出会った時に、それらを南さんが独り占めするよりも、小説という場で皆さんにお伝えしようとされているそうです。

まとめ

医師であり作家の南杏子さんは、好奇心旺盛でエネルギーに満ちた方ですね。

出版・編集者から、イギリスに住み、海外での妊娠出産、そして帰国後に医師になり、50代で作家へ。

常に謙虚な姿勢で全てのことに取り組まれている姿、尊敬します!

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